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2011年12月 6日 (火)

1999年の初代J2リーグの10チーム

今年のJ2リーグはFC東京、サガン鳥栖、コンサドーレ札幌の3チームが
J1リーグ昇格を決めましたが(正確には、これからの理事会か何かで
承認されなければいけませんが)、この中のサガン鳥栖が今回の昇格に関して、

「J2リーグの初年度の『オリジナルメンバー』10チームで、唯一昇格経験の無かった」

というような紹介をよくされていました。

J2リーグの初年度というのは1999年なのですが、今日の帰りの地下鉄の中で、
その10チームを思い出してみました。

簡単に出てくるかと思いましたが、

「札幌、大分、川崎F、FC東京、鳥栖、……」

くらいでまずは止まってしまって、かなり苦戦しました。

初年度の1999年はJ2リーグにはいなかった水戸、横浜FC、湘南あたりのチームが
どうしても何回も頭の中に浮かんできて、最後までなかなか出てこなかったのが、
アルビレックス新潟と大宮アルディージャでした。

新潟は2004年から、大宮は2005年から、何だかんだ言ってずっとJ1リーグに
居るので、思い出すのに苦労しました。

今年はJ2リーグが出来てから13年目のシーズンとなったのですが、
コンサドーレ札幌は、今年で3回目の昇格。

その昔のJFL→Jリーグの時代の1997年と合わせると、4回も昇格の喜びを
味わっているので、ある意味、非常に幸せですなsmile

ちなみに、初年度の1999年のJ2リーグの10チームは、以下のとおりです。

コンサドーレ札幌
 (2000年昇格→2002年降格→2007年昇格→2008年降格→2011年昇格)

ベガルタ仙台(2001年昇格→2003年降格→2009年昇格)

モンテディオ山形(2008年昇格→2011年降格)

大宮アルディージャ(2004年昇格)

FC東京(1999年昇格→2010年降格→2011年昇格)

川崎フロンターレ(1999年昇格→2000年降格→2004年昇格)

ヴァンフォーレ甲府(2005年昇格→2007年降格→2010年昇格→2011年降格)

アルビレックス新潟(2003年昇格)

サガン鳥栖(2011年昇格)

大分トリニータ(2002年昇格→2009年降格)

こうして見ると、それぞれのチームに様々な歴史を感じて、
なかなか趣深いですhappy01

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コメント

さて、今回は「J2オリ10」の話ですか。J2があまり盛り上がって
いなかった頃、まったりとした雰囲気作りに手を貸していたのが「山者」
こと山形と「鳥者」こと鳥栖でございました。
 その「山者」を水戸がお見送りすること3年。「鳥者」をお見送りしたのは
(J2に上がってからはそんなには苦労してない)ロアッソ熊本でした。

 ひとえに「教師生活25年」な年月の約半分にも及ぶサガン鳥栖泥沼の13年の
歴史はとても一言では言い表せないものなのですが、今年に限って言えば、
次の3ステップが、やはり昇格の決め手だったのかと。
1.ダースベイダーテルコが選挙法違反で逮捕(2月)
2.名将松本育夫が遂に行く末を見届けて勇退(5月)
3.トヨクバこと豊田の覚醒で連勝街道に載る(夏以降)
1.に関しては「メジャーリーグ」のアホ女オーナーも真っ青なアホ社長。
鳥栖市長選における公選法違反で遂にお縄。これで負の連鎖に区切りがつき、
ユンジョンファン監督のS級ライセンス問題もなんとかなったので、
「これが自分の最後の仕事」と決意し鳥栖の再建と昇格に尽力してくれた
イクオたんが勇退。そして、赤帽が適度に老廃物を抜いてくれた精鋭(ちなみに
寺田の長期離脱などで連敗のかさんだ赤帽FCこと横浜FCは17位で終了)は
圧倒的な攻撃サッカーでJ2を駆け抜けて、遂に昇格、と。

>新潟は2004年から
こないだの「クラッキ」でも熱く語っていましたが、4つのチーム(横浜F・
名古屋・新潟・横浜FC)ですべてキャプテンを務めた山口素弘が在籍した頃に
昇格してるんですよね。

 まあ、来年のJ2は遂に枠が全部埋まってしまった(松本山雅と町田昇格で
22チームの枠が埋まる)ので、まったりしていたボトムズが修羅場と化す
「本当の地獄の扉」が開いてしまったことこそ心配事、ではあるのですが。

投稿: torov | 2011年12月 7日 (水) 17時08分

>torovさん

サガン鳥栖は初期の頃はともかく、途中からは、

「それなりの順位には来るけど、昇格争いには特に絡まないチーム」

という印象だったのですが、今年は遂に爆発しましたね~。
札幌も昇格して心の余裕があるので、鳥栖の昇格は嬉しく思います。

豊田陽平は2008年は山形にいましたし、他のJ2チームのファンにとっては、
「J1のチームで活躍してくれ」と説教したくなる存在ですsmile

新潟が昇格を決めた2003年は、「あと勝ち点1」で涙を飲んだのが
川崎フロンターレで、その時の監督が石崎さんだったんですよね。

ただその時も川崎Fは最終戦で、既に昇格を決めていた広島に勝ってはいたので、
それと今回のFC東京戦との最終戦と状況を重ね合わせて、勝利を信じていました。

それと、やはりJ2リーグは22チームで打ち止めで、来シーズンからは
降格制度も導入されそうなんですね。

なぜか何となく岐阜は応援しているチームなので、来年の奮闘を…。

投稿: しげた | 2011年12月 7日 (水) 23時02分

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