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2011年4月16日 (土)

思い出の高校野球の試合(徳山高-東海大山形高)

我らが中日ドラゴンズにおいて、三瀬投手の今日の阪神戦のあり得ない
ピッチャーゴロ悪送球に完全にキレて、まだ同点ながらテレビを消した状態の
今ですが、それで思い出される試合が1つ。

僕が小学校5年生の1987年、高校野球ではPL学園が、立浪、片岡、野村、橋本
などのメンバーがいて春・夏連覇を達成した年ですが、その年は、僕がおそらく
人生の中で、1番高校野球を熱心に注目して観ていた年だと思います。

PL学園のライバルとして、帝京の芝草とか、常総学園の島田、仁志がいましたね。
北海道代表は、何といっても函館有斗のエース盛田でしたね~。

その1987年の夏の甲子園で、今でもなぜか印象に残っているのが
1回戦の徳山高校(山口)-東海大山形高校(山形)の試合。

東海大山形といえば、その2年前の1985年の、清原・桑田が3年生の時代の
PL学園との「毎回得点の29-7」の敗戦で、ある意味、有名になった高校。

この徳山高校(山口)-東海大山形高校(山形)のスコアは、

         1 2 3 4 5 6 7 8 9 計
東海大山形  0  0 0 0 0 0 0 0 2 2
徳山       0 0 0 0 0 0 1 0 0 1

でした。

北海道民の僕は、おそらくその時は東海大山形を応援していたのですが、
1点負けている9回表の2アウト3塁のチャンスの場面。

そこで東海大山形のバッターはピッチャーゴロ。

「あぁ~終わった~」

と思った瞬間、その打球を捕った徳山高校のピッチャーが、
1塁へまさかの悪送球。

同点になり、さらにランナー2塁の場面で、その後タイムリーヒットが生まれ、
結局、2-1で東海大山形の勝利。

その1塁への、余裕があったはずなのに、あるいは余裕があったから生じたのか、
1塁手の頭上を越えていったような悪送球。

今でも「当たり前のことを、当たり前に行う難しさ」という日常の中で、
ふと時々思い出してしまう1シーンです。

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