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2006年3月22日 (水)

福留孝介(中日ドラゴンズ)-その2

昨日に続いて福留選手についてです。

1999年のドラゴンズ入団1年目は、バッティングはそこそこだったのですが、
守備があまりにも不安定でした。

この年は主にショートを守っていたと思うのですが(サードだったかも)、
とにかく福留の前にゴロが飛ぶと

「ボールを捕るまでがまずスリリング、
ボールを捕ってから送球するのもさらにスリリング」

という、エンターティナーっぷりを発揮していました。

この年のドラゴンズはセリーグ優勝を果たしたのですが、
優勝の最大の要因は何といっても
「岩瀬、落合、サムソン・リー、ソン・ドンヨル」
という強力な中継ぎと抑えによるものでした。

この「勝利の継投」と同じように、守備でも

福留先発→リードしている8回ころから久慈に交代

という、こちらも「勝利の方程式」が成り立っていました。

久慈は元々守備力は一流だったのですが、
福留の後では、さらに神のような安定性を感じました。

2年目、3年目の福留に関してはよく覚えていません。
内野の守備はあいかわらず不安定、バッティングもイマイチという感じでした。

3年目の2001年の後半からは、外野も時々守るようになりました。
正直、「内野手失格」という感じでのコンバートだったと言えますが、
これが大正解。

まさかこの時は、ゴールデングラブ賞の常連となるような選手になるとは、
誰も予想していなかったと思います。

翌年の2002年からは完全に外野(ライト)にコンバートとなりました。

守備の悩みから開放されたおかげか、当時の打撃コーチの佐々木恭平氏
(高校時代のドラフトでクジを引き当てた、当時の近鉄の監督。別名『よっしゃー』)
と合ったのか、この年に首位打者を獲得しました。

この年は松井秀喜の巨人最後のシーズンで、
松井はホームラン王と打点王を獲得しました。

首位打者のタイトルも福留と激しく争っていたのですが、
世の中の「松井が三冠王だ!」という期待を打ち砕いた、
見事な首位打者獲得でした。

そんな訳で、2002年~2005年までの4年間で

首位打者 02年
最高出塁率 03年、05年
ベストナイン 02年、03年
ゴールデングラブ 02年、03年、05年

ということで、日本プロ野球界を代表するような選手となりました。

しかしながら、こうなるとどうしても、
福留に対しては求めるものが高くなってしまうため、

・ここぞの場面での勝負強さが足りない
・好不調の波が激しい

などなど、ドラゴンズファンからの注文はまだまだ多いのが現状です。
これも福留だからこそと言えます。

昨年まではライトでしたが、今年からはセンターにコンバートの予定です。
守備にバッティングに走塁にと、
全てにおいて我々ドラゴンズファンを今シーズンも魅了してほしいものです。

期待としては、ホームラン数はそれなりでいので、
首位打者、打点王、そして正式なタイトルではありませんが
最多二塁打王あたりを目指してもらいたいです。

今回のWBCでは個人としてもチームとしても「最低」と「最高」を味わったので、
一回りさらに成長した姿が見られると期待しています。

そしてもちろん、ドラゴンズのセリーグ優勝と日本一を
今から心待ちにしています。

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